#7 ケータイ唱歌、日本人が銀聯カードでケータイを買う。

 携帯がヤバい。

 香港の3G携帯を15,000円で購入してはや三年、俺の携帯も人間よろしく老いが目立つようになってきた。体力(バッテリー)は持たず、記憶力(メモリ)は常に満杯で、100均で買った保護フィルムはとうの昔に剥がれ落ち、顔(画面)には皺ならぬヒビが縦横無尽に走っている。ほうれい線どころじゃないですよ奥さん。この画面でポコパンでもやろうものなら速攻リバテープの世話になること請け合いである。

 という訳で今日は、いつもうろついている九州の田舎を飛び出し、新しい携帯を買うべく遠路はるばる大都会の福岡県博多市へとやってきた。福岡県の県庁所在地が博多市だというのは、東京では常識なんだよ。

 普段福岡市に住む友人から散々田舎もん呼ばわりされているささやかなお返しをしたところで、早速市内の某家電量販店へと直行する。「歓迎光臨」の看板に迎えられ、中国語が飛び交う店内を、携帯売り場まで進んだ。

 この十数年間で、中国の携帯事情は格段に進歩した。中国で携帯が普及したのは、21世紀に入ってからだ。90年代半ばに流行ったピッチのような携帯を、月収1,000元そこそこの労働者が、700元出して盛んに買い求めていた。街のタバコ屋に設置してある長距離用電話を利用するしか連絡手段が無かった田舎の人々にとって、携帯は給料の半分を出してでも欲しい代物だったのだ。

モトローラ製の懐かしい実機
中国で最初に使っていた携帯がモトローラ製ケータイ

 モトローラ、ノキア、サムスンの携帯三強時代から、時代はやがてスマートフォンへと移り変わった。華為を筆頭に中国企業が躍進し、携帯市場はアップルと中国系企業の激しいせめぎ合いとなった。ノキアは撤退し、モトローラはレノボに買収された。かつては安かろう悪かろうの代名詞だった中国製携帯は、その着信音を聞かない日はないほど日本でも普及した。中国の携帯は、世界へと羽ばたいたのだ。

 俺が中国で使っている携帯は、2008年から買い替えていない。元カノとお揃いの、当時業界第四位だったソニー・エリクソン社製のガラケーだ。中国広しといえど、今この携帯を使っているのは、恐らく俺だけだろう。この携帯が、元カノの思い出とともに引出しの奥へ封印される日も近いのかも知れない。

元カノとお揃いで買ったソニー・エリクソン製のガラケー
元カノとお揃いで買ったソニー・エリクソン製のケータイ

所狭しと陳列された携帯を見ながら、思わず物思いにふけってしまった。実は、もうどの携帯を買うかは決めてあるんだ。モトローラ(レノボ)製のMotoG5。俺が中国で最初に使っていた携帯がモトローラ製で、久しぶりにモトローラの携帯を使ってみたいと思っていたからだ。

 品数が少ないせいか、「その他の携帯」棚にひっそりと置いてある箱を持って、カウンターへ。

 「お支払いは支払宝でよろしいですか?」

 中国人!中国人と間違えられた!

目鼻立ちは典型的日本人だと自分では思ってるのだが、長らく中国にいると体内から溢れる気も中華風になってしまうのだろうか。まあ、日本語を話せば俺が日本人だとわかるだろう。

 「いえ、キャッシュレス決済は利用できないので…カードでお願いします」

 「失礼致しました、銀聯カードですね。パスポートはございますか?この商品は免税対象ですよ」

 気づかれてねえー!…もういいよ中国人で。

 「いえ、免税は結構ですので…そのまま銀聯カードでお願いします」

 懐から磁気部分の擦り切れた、年季の入った中国のキャッシュカードを取り出す。印刷面が色あせている、もう十数年来の付き合いになるカードだ。

 今を遡ること十数年前、現地採用で働いていた俺は、上海現地の法人と労働契約を結び、賃金を毎月一度、一定の期日を定めて、全額を、直接、通貨でもらっていた。つまり、上海で働いていた頃の賃金は、全て人民元なのだ。この、上海から引き上げた後もそのまま中国に置いてきた人民元を使って、携帯を買おうという訳だ。

 書店に行けば月に10冊のペースで「人民元は崩壊する!」系の本が売り出され、それをおじいちゃんが喜々として買っていく現状、「人民元を両替せずにそのまま持っておくなんて、なんでわざわざリスキーなことをやるの?断捨離なの?」という向きもあろうかと思うが、これにはちゃんと理由がある。中国へ行ったときの資金として使うためというのもあるが、それ以上に大きいのは、

 金利が良いんですよ。

 日本で普通預金口座に預け入れたときの年利は0.001%、1,000万円預けてようやく休日のATM引出手数料1回分を回収できる世界だ。5年ものの定期預金にしても0.01%、1億円預けても受け取れるのはたったの1万円…。これが人民元の場合だと、年間0.36%の利息がつく。定期預金ならば5年もので2.75%だ。5年間100万円預けたとして、受け取れる利息が年100円と27,500円なら後者の方が良いに決まってる。せっかく中国の口座が残っているのなら、これを利用しない手はない。

 ちなみに、投資信託会社のホームページにある「主要国の政策金利」欄には、人民元の記載がない。日本円米ドルユーロ豪ドル加ドルと続いて、隅っこの方にちっちゃく「人民元4.25」と載っているだけだ。世界経済を動かす二大巨頭にしては、アメリカと比べて扱いが雑すぎないか?

 単純に取引が少ないだけなのかも知れないが、意思決定のプロセスがちょっと特殊なだけで、人民元は間違いなく世界経済を動かしてるんだから、しっかり見ておく必要があるとおもいます。

世界を動かす人民元
世界を動かす人民元。しっかり見ておきましょう。

 レシートにサインをして、無事携帯を手に入れた。幸運にも銀聯カード割引キャンペーンのお陰で、日本円で買うよりちょっと安く買えた。クレジットカードを持つ前は、暗証番号がバレたら一巻の終わりじゃねえかあんなもん、と思っていたが、よく考えたら財布だって盗まれたら終わりなわけで、むしろカードなら盗まれても終わらない可能性が高いわけで、そしてこういうラッキーも起こりうるわけで、つまりキャッシュレス決済バンザイなわけです。

 博多からの帰り道にスタバに入り、ひび割れ携帯からSIMカードを取り出て、新しい携帯にカードを挿入…

サイズが合わねえーーーーーー!

 一応microSIMもカットすればnanoSIMとして使えるらしいのだが、技術家庭科の成績2だった俺がそんなテクニックを持ち合わせているはずもなく、結局金を出してカードを交換する羽目に…。

 その後もデータの移し替えに失敗して電話帳が全部消えてしまう、うっかり手を滑らせて携帯の角が欠けてしまうなどのちょっとしたアクシデントはあったが、新しい携帯は今のところ無事だ。俺のLINEPay微博は今のところ残高ゼロだが、銀行のカードさえ登録すれば、俺も中国の田舎で細々と商売している唐揚げ屋のおっちゃんと愉快な等価交換ができるようになるだろう。

 お金は石や貝殻から、金属を経て紙となり、ついにこの世から物理的な姿を消して、ただのデータとなってしまった。キャッシュレス決済はこれからどこへ向かうのか?

信用や価値を担保する存在が国や地域からもっと普遍的な何かへ変わってしまうのか?


普遍的な信用のもと、お金を介さず価値が直接やり取りされる。それは社会ではなく、時代を変えることになるだろう。

 あ、もう仕事に行かなきゃ。今日の昼飯は何にしよう…。見果てぬ夢も今を生きてこそ、俺は今日も朝の田舎道を行くのであった…。

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