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#5 ロブスターの日

#5 ロブスターの日

 春は曙、やうやう白くなりゆく山際、春と言えば出会いの季節、恋の季節、そして、

 ザリガニの季節だ。

 そんなわけで、揚州から帰ってきた俺は、さっそく以前一緒に車を買いに行った友人とともに、新鮮なザリガニを食べるべく江蘇省のとある田舎町までやってきた。

蘇省のとある田舎
蘇省のとある田舎

 日本ではすでに昔話となっている、食材としてのザリガニ。
イナゴ、ウシガエルと並ぶ、三大貧しかった頃の日本を支えた食材の一つである。こうした失われた食材を現在でも食べられる、これが中華料理の隠された魅力の一つだ。この他にも、例えば北方に行くと、今でも赤犬が食べられるらしい。


今回は三大食材の選に漏れたが、貧しい頃の日本では、赤犬だって立派な食材だったのだ。実際に、ドカベンでも、通天閣高校のエースが豪速球で野良の赤犬を仕留めるシーンが出て来る。

 中国の淡水湖で養殖されているザリガニは今が旬。ザリガニを釣って遊んでいた幼少期、ザリガニの旬になんて毛ほどの興味も無かったが、と言うよりそもそも旬なんてものがあることにすら気づかなかったが、
とにかくザリガニ業界にも旬というものがあるらしい。

 店の前では、高校生くらいの少年が、ザリガニの甲羅にはさみで切れ目を入れている。Tシャツにジーンズ、スリッパ姿でしゃがみ込んでいる彼は、店の門をくぐる我々を一瞥すると、すぐにザリガニ切りの作業に戻った。別に料理人という訳でもなさそうだし、彼は一体何者なんだろうか。高校生のバイトか。

 タイル張りの店内には、やはり高校生くらいの少年が数人たむろしている。ここのスタッフのようだが、それにしても、無愛想だ。笑う必要が無いんだから、別に無愛想でもいいだろ、と彼らの目が訴えている。

淡水湖で養殖されているザリガニ

 ザリガニボーイの横に置かれているタライには、生きたザリガニが蠢いている。懐かしい、ちょっと触ってみよう・・・うわ、指挟まれた!バモラ!

 「何やってんだ、早く行こう」

 店内でザリガニを注文する。
1キロ130元(1500円強)、
ザリガニの分際で糸島の牡蠣より高い。

 やがて店員が、ザリガニてんこ盛りのボウルを持ってきた。店員はおもむろにビニール手袋を手渡す。これは、手に油がつかないようにする、店側の、配慮!・・・だと思うのだが、こんなペラッペラの手袋、油どころか浸水すら防げないだろう。医療機関では間違っても使えない薄さだ。こんな手袋を使ったら一発でバイオハザードが起こる。

 「その手袋をはめて、ザリガニの甲羅を剥くんだよ」

 ペラペラの手袋をはめて、ザリガニを一つ手で掴む。なんかヌルヌルしてきた。あんのじょう、甲羅の周りを流れる調理油が、手のひらに直に滲んでくる。もう気にしないことにした。

糸島の牡蠣より高いザリガニ

 「じゃあ、食べ方を教えるから。俺の言うとおりにやってるといいよ」

 よろしくお願いします。

 「まず頭をもぎる。」

 もぎるんですって。ちょうどエビの頭を外すような感じでザリガニの頭をひねる。首が曲がってはいけない方向に曲がった。
必殺仕事人で始末される悪代官の手下のようだ。

そのまま首根っこを引っ張ると、ガポっという感じで頭がもげた。もげた頭にカニ味噌的な何かがくっついている。ザリ味噌とでも言おうか。これも食えるんだろうか・・・。

 「頭をもぎったら、次は甲羅を縦に割るんだ」

 背中の甲羅には、さっきの少年が入れたであろうハサミの切れ目がある。切れ目を横に引っ張ると、甲羅がきれいに縦に割れた。なるほど、この配慮はいい配慮だ。

 「後は、足の部分を取って中身を引っ張れば、尾がきれいに取れるよ」

 尻尾の手前で足の部分の甲殻を取り外す。なるほど、身はエビっぽい・・・と言うか完全にエビだ。ちょっとハラワタのような何かがくっついているが、これは食え・・・ないだろうな。食えても苦そうだ。

 ハラワタっぽい何かを取り除き、口に運ぶ。

 エビですね、これは。

 淡水に生息している生き物は、濃く味付けをしなければならない。
素材の味が淡白だし、生臭さ泥臭さに打ち勝つ必要があるのだ。

しかし、このザリガニには、淡水生物の弱点を克服して余りあるほどのにんにくや香草、そして謎の調味料が、これでもかと言うほどまぶしてある。

要するに、うまい。

身だけを皿に盛り付ければ、普通にフランス料理として通用するだろう。中華料理には(たぶん)無いカタツムリだって食っちまうフランス人だ、ザリガニくらい平気平気。セニョリーナ・エスカルゴ。

 「また何か余計な事を考えているな」

 「いや、なんでもない・・・それにしても、さっきの店員は無愛想だったな。俺たち彼らが怒るようなことした?」

 「いや、彼らは別に怒ってない。あれが普通だよ。」

 「しかし、少しは笑ってもバチは当たらないじゃないかな。店の売上にも響くだろうし」

 「彼らにどう仕事をさせるか、どう売上を伸ばすかは、店側が考えることだよ。高級レストランなんかでは、店員がちゃんと挨拶するだろ?」

 なるほど!

 彼らはあくまでも自分のタスクをこなしているに過ぎない。売上の改善とか顧客満足度の向上のために彼らが何をすべきかと、ザリガニの皮むきは全く別の話なのだ。使用者と労働者の関係は結局のところ労働契約一枚。アメリカ方式だ。

彼らは自身の身分が労働契約によって成立しており、労働とそのための時間の対価として賃金を受け取る存在であること、そのために為すべきことを為すのが労働者だということを、熟知・・・してないよなあ。

そもそも労働契約という概念があるのかどうかすら分からん。どんな立場だろうと、やっぱ笑顔が一番だよな、うん。

ザリガニはうまい!

 テーブルのザリガニを半分以上形骸化させ、一本5元のビールが5本目に差し掛かろうとしたころ、友人がふと俺に話題を振った。

 「ところでセルジオもいい歳だ。そろそろ結婚は考えないのか?」

 つうこんのいちげき!

 ・・・と、普段なら言っているところだが、今回は違う。

 黙ってスマホに撮影した写真を見せる。

 「なんだこの子、すごい美人じゃないか!セルジオ、いつの間に・・・」

 実はかなり前から、俺は縁あって日本に留学してきたあるお嬢さんにボランティアで日本語を教えていた。月に二回、日本語や日本の風習を教え、日本語検定試験、学校の卒業、ビザの取得、就職活動と、彼女と一緒に日本社会での苦難を乗り越えていくうち、師弟関係は信頼関係に変わっていった。俺たちの絆は理想的なものだった。彼女が彼氏と同棲しているという、その一点を除いて。

 「フ、お前に言うのは初めてだったな。いつまでも揚州娘の幻影に囚われる俺ではないぜ。時代はいつでも動いているJAPAN!」

 「JAPAN!・・・ま、それはいいとして、この子はやっぱり上海人なのか?」

 上海人の彼の中では、
美人=上海人
という図式が出来上がっているようだ。

 「いや、もっと田舎の方」

 「てことは安徽人か。安徽人にしては上海人のような垢抜け方だなあ。日本で垢抜けたのかもな」

 安徽省は上海から西へ行くこと500キロ、江蘇省を抜けた先にある、合肥市を都とする省だ。天下無敵の魔都・上海、産業発展著しい江蘇省南部からそれほど離れていないにも関わらず、何故か産業が今ひとつパッとしない。

 鶏肉と塩味中心の安徽料理は、中華料理の中では今ひとつ地味だし、ぱっと思いつく名所古跡も黄山くらいしか無い。なので、上海人の中では、安徽人は「いなかもん」の代名詞のようになっている。東京から見る福島県と言うか、福岡県から見る佐賀県と言うか・・・同じいなかもんとして同情を禁じ得ない。俺は好きだぞ安徽省!塩味は日本人に合うし!

 「違う違う、確かに田舎の子だけど、そんな近くじゃない。ここからはるか北の、遼寧省のーー」

 そう言いかけたとき、友人が天を仰いだ。

 「なんてこったい、せっかく上海で暮らしていたというのに、よりによって北方人とくっつくなんて!」

 つづく

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