#1 お財布スマホで唐揚げを

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#1 お財布スマホで唐揚げを

初めまして。
セルジオ筑後です。

皆さんは、中国と言えば何を連想するだろうか?
石造りの家に人民服、朝は肉まん夜はチャーハン、ボロボロのお札で豆乳を買い、白い息を吐きながら日々労働に勤しむ・・・

 そう考えていた時代も、僕にはありました。

 人は愛で動き、世界はカネで動く。90年代の改革開放に端を発した経済成長は、中国に劇的な変化をもたらした。皆マントウと豆乳の代わりに、サンドイッチとコーヒーを摂ってオフィス街へと乗り込んでいく。工場の労働者が自転車で大量に駆け抜ける朝の風物詩は、馬鹿でかい高級車の大渋滞に取って代わられた。人民服は今や、豫園のお土産屋へ行かないと手に入らなくなってしまった。我々の知る中国は、もはや歴史の教科書に語られるだけの存在となっているのである・・・

 と、それはともかく。

 日本では語られることのないリアルな中国を見て楽しんじゃおう、という趣旨のこのコーナー、人気がないと3回くらいで打ち切られるかもしれないので、よかったら読んでやってください。

***

 それは、久しぶりに会った20代の友人(1児の母)と蘇州の観光地を散策していた時の事であった。

 「そこに美味しい唐揚げ屋があるよ。一緒に食べよう!」

 観光地とは言っても観光客はほとんどおらず、リタイアしたおじいちゃんおばあちゃんが晩秋の水郷で思い出話をしているようなド田舎だ。食事処も古民家を改造した手抜・・・いや、素材を活かした造りとなっている。彼女の目指す先にはあったものは、地元産にこだわった自然ハーブ鳥のカリカリ唐揚げを外国人に提供する趣深い茶店・・・

 ではなかった。

 ビニールで出来た天井にプラスチックでできた安っぽい机と椅子がひとつ。油のたぎる鍋の前ではどう見ても料理人には見えない40代くらいの普通のおっさんが、うどん玉をゆでる網で鶏肉を揚げている。食器らしきものも、レジらしきものもない、本当にただの露店だ。曰く、彼女が学生の時から通っていた店だそうな。

 日本では「こだわりの唐揚げ店」があるほど有名な唐揚げだが、実は、中国のレストランで唐揚げはそれほどメジャーなメニューではない。むしろ肉まんとか油条(小麦の油揚げ)とかと同じ、「なんか小腹が空いたからちょっとつまんで行くか」レベルの食べ物である。微妙にゴムっぽい鶏肉をバンバンジーの如く適当に棒状に切り、小麦粉をつけて揚げる、至ってシンプルな料理である。これでひと袋たったの5(90)、安い!

 と、露店のおっさんはおもむろにスマホを取り出し、「さあ」と言わんばかりに彼女の前に差し出した!彼女もスマホを差し出す。「ピッ」と音がしたと思いきや、おっさんは日本では40年前のスーパーで使われていたような紙袋に唐揚げを山と入れ、彼女に手渡した。

 「あの、お金は・・・」

 「今払ったよ」

 どうやら今の「ピッ」が会計らしい。彼女のスマホにデポジットされているお金が、おっさんのスマホへ支払われたのだ。俺はジーンズの裏ポケットに入ったクシャクシャの10元札から手を離した。

 例えば日本の屋台でものを売るとしたらどうだろう。いちいちレジは用意しないだろうから、お金を入れる巾着袋をまず用意しないといけない。お金の出し入れや売上を管理する出納帳も必要だ。祭りの後で一日の売上を計上する必要もある。正直めんどい。

 中国でも、スマホが普及するまでは日本の屋台と同じで、引き出しにボロボロのお札を大量に入れておいて直接決済する方式だった。しかしここは中国、日本ではまずありえんが、どこからともなく紛れ込んだ妙に色鮮やかな100元札ーーすなわち偽札がまだまだ横行している。日本にように警察署で根掘り葉掘り問い詰められるハメにはならないが、その分の儲けは当然チョンボだ。「これは偽札だよ」「んなアホな」という問答は、中国で暮らした人なら一度は体験しているだろう。

 このように、決済システムがそれほど発達していなかった中国において、スマホ決済は大きな福音となった。面倒な会計システムの準備もいらない、泥棒の心配もしなくていい、そして何と言っても偽札を掴まされることがない。ババを引くリスクが無いというのは、中国経済において大きな意味を持つ。彼女もおっさんも、一応お札は持っているそうだが、ほとんど使うことはないそうだ。

 それにしてもーー

 俺が10代の彼女と出会ったのは約10年前だが、その時はみんな【ポ ケ ベ ル】のような液晶の表示画面がついた携帯を後生大事に使っていたものだ。日本ではただでも要らないような携帯を当時の日本円で6000円も出して買ったのを思い出す。まだモトローラ、ノキア、サムスンの携帯三強が中国を席巻していた頃だ(ちなみに日本勢ではソニー・エリクソンがシェア4位だった)

 あれから10年、今や中国のどこを見渡してもガラケーは見当たらない。日本から持ってきたガラケーを見せると「お前まだこんなん使っとるんか」的な感嘆の声を聞くことができる。ボロを着ててもスマホで決済。世界は、変わったのだ。

 「ところで、セルジオはまだ結婚しないの?」

 「あ・・・ああ、いまんとこは何も」

 「実は今度二人目が産まれるんだ。一人っ子政策が『ふたりっ子』になったからね!」

 世界は、変わったのだ・・・。