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#9 上海に行ってきました:ホンコン・シティの死闘《中編》

#9 上海に行ってきました:ホンコン・シティの死闘《中編》

セルジオ筑後です。
今回は上海の中編です。

 眼前にどよめくゴミゴミした光景、世界の欲望が集いしカオスの街。立ち並ぶ戦前のビル群、雑踏にヒンディー語が飛び交い、たまにパキスタン人とか落ちてくる。初めて中国の地を踏んでからはや十数年、ついに不惑の都、ホンコン・シティに降り立った…。見たところ香港はシンガポールと並ぶ金融都市だが、人々は上海と大して変わらない生活を送っている。ホテルのカギはかからない、香港ドルへの両替はぼったくりレートだった、いざ行かんビクトリア・ピークへ…。

賑わうネイサンロード

20kgのスーツケースを引きずりながらネイサンロードを歩く。街には露店が並び活気を呈しているが、とてもじゃないけどドラゴンフルーツを買い食いする気にはなれない。荷物が重い、しかも今日の最高気温は11月なのに30度を超えている。

汗だくになりながらコンビニに寄ってコカ・コーラを買った。一本11香港ドル。日本のコンビニとほぼ同じ価格だが、残念なことに香港にはカルフールもドラッグストアモリも存在しない。一応ウェルカムやパークンといったスーパーがあるらしいが、どこにあるのかわからないし、そこまで行く交通費も高い。コンビニ価格で我慢するしかないのだ。

 

日も傾きかけた午後6時。夜景タイムが近づいてきた。ビクトリア・ピークへはここ九龍島から向かいの香港島へ行き、トラム(路面電車)に乗ればすぐに行けるらしい。地下鉄に乗って香港島へ渡り、駅を降りるとご丁寧なことに日本語で「ビクトリア・ピークはこちら」と案内板が出ていた。子供の頃憧れた100万ドルの夜景は目と鼻の先、改めて、いざ行かん富の中心へ!

ビクトリア・ピーク行きのトラムを待つ行列

 

 …人多すぎでしょ。

 さすが100万ドル、ビクトリア・ピーク行きのトラムを待つ行列が公道まで伸びている。ほとんどが外国人客、英語やフランス語からハングル語やタイ語まで、様々な国の言葉が聞こえる。行列のできる路面電車、人はどうしてかくも夜景を好むのだろうか。何はともあれ100万ドルまであと少しだ、ドイツ人の家族連れの後ろに並び、列が進むのをひたすら待つ。

 

 列に並ぶこと1時間。

 喉が渇いた。水が飲みたい。地図では分からなかったが、地下鉄の駅からトラム乗り場までは急な坂道が延々と続いていた。オランダ坂ばりの急勾配を、スーツケースを持って駆け上がった挙句延々立ちっぱなし、日が落ちているとはいえ残暑の厳しい香港では地獄の苦しみだ。

 水…水をくれ…。

 「ミネラルウォーターはいかがですか?20ドルです!」

 いや、いらない…。水500ccに290円も出したくない…。

 吹き出る汗を手で拭いながら、喉の渇きと、そして水の誘惑と戦いながら、ようやく夜景行きのきっぷを手にしたのは、それから30分後の事だった。

トラムがやってきた!

 

 数十度はあるであろう急勾配を駆け下りて、トラムがやってきた。ドイツ人家族はノリノリだが、俺は気力だけでなんとか持ちこたえている。どうしてこんなに余裕の無い旅になったんだ、このスーツケースさえ置いて行ければ…あのインド人め…。ドアが閉まり、大勢のお客さんと100万ドルの夢を詰め込んで、トラムはゆっくりと動き出した…と、次の瞬間!

 

 ガッッッッ!!!!!!!

 

 体に強烈なGがかかると同時に、スーツケースが思いっきり倒れ、トラムの通路を滑り落ち始めた!必死にケースの取っ手を掴み、全身で思いっきり踏ん張る。大勢のお客さんが見守る中、俺はなんとかスーツケースを押さえつけることに成功した。心配そうに見つめる乗客に「スミマセンスミマセン」と頭を下げて会釈する。俺が日本人であることが乗客に発覚した瞬間だ。

 

 乗客が景色を見て感嘆の声を上げているが、俺にそんな余裕はない。幸いなことに、トラムがビクトリア・ピークに到着するまでは、10分もかからなかった。

 トラムを降り、展望台のエスカレーターを登っていく。漏斗形の建物の屋上にたどり着いたとき、100万ドルの夜景はついにその姿を現した!

100万ドルの夜景

 スマホで撮影したのでいまひとつ凄さが伝わらないかも知れないが、香港島に立ち並ぶビル街と九龍島に輝く生活の光、そして海に架かる橋の構図が実に絶妙だ。なるほど、これは確かに100万ドルの夜景と呼ぶにふさわしい。…だけど、確かに感動的なんだけど、どうもこの景色には既視感がある。そうか。

 上海だ。

 もし今が20世紀なら、ここの夜景を超えるものは無かったんだろう。だけど今は2018年、香港は既に中国に返還されているし、中国も前世紀と比べ物にならないほど豊かになった。今では上海の栓抜きビルからでも、100万ドルの夜景を拝むことができる。この夜景は現代の富の象徴ではなく、20世紀の文化遺産なのだ。この夜景に憧れた中国人たちは、自らの手でそれ以上のものを生み出したのだ。

 俺が憧れていたのは、こんな小さな場所だったのか。昔はこれで良かったんだよな。大人になった後、昔遊んでいた原っぱを訪れたような切なさと愛しさが胸を包んだ。

 帰りのトラムに並ぶこと1時間、下り勾配のGに耐え、俺が麓の駅まで戻ったときには、既に10時を過ぎていた。

香港のビル

地下鉄の入り口から夜空を眺める。香港ドルのお札にも載っている梱包ビルが高々とそびえている。周りに人っ子一人いない香港砂漠に、うつむいて九龍城へと帰っていく日本人がひとり――。

つづく

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