#2 自動車唱歌

こんにちは。
セルジオ筑後です。

 自転車が車に取って代わってはや幾年、中国人の足は自転車からもはや車に変わりつつあるーー
ここは江蘇省郊外のとある街、友人が今乗っているハッチバックから他の新車に買い換えるということで、上海から友人を訪ねた俺は彼のご家族御一行とともにディーラー店の集中する地区へとやってきた。

 だだっ広い一面の緑にまっずぐな一本の道。佐 賀 空 港 のごとき光景を目にしながら走ること30分、ディーラー店の立ち並ぶ一角が姿を現した。ここは上海ではない、江蘇省の大都市の、さらにその衛星都市の郊外地区だ。こんなところでも世界的大企業が集結ししのぎを削っている。恐るべし中国の消費力。アウディ、フォルクスワーゲン、シボレー、ヒュンダイ…ちょっと待て、日本車は!?といったところで、ようやく東風日産の看板が見えてきた。が、残念なことに友人それをスルー。そしてたどり着いたのは、

 ポルシェ。

 俺の住む田舎町では、と言うか近隣の100万都市でも、ポルシェが走る姿なんかめったにお目にかかれない。しかしここでは、緑の中を平然と走り抜けていく真紅のポルシェを目にすることができるのだ。俺の友人がディーラーと商談を始めている。どうやら見積もりを出してもらっているようだ。ポルシェ911、日本ではフェラーリと並んで金持ちの代名詞とも言われた車だ。お土産にキーホルダーだけでも買っていこうとしたが、3万円くらいしたのでやめた。

 結局そこでは見積もりだけを出してもらい、俺達は昼食を取るべく街中のデパートまで車を走らせた。

 中国には軽自動車が無い。いや、世界的に見ても、低排気量の自動車がこれほど普及しているのは日本だけだ。確かにこれだけ広大な大地を走り抜くには、軽自動車では力不足だろう。奥地に行けば山道も多い、俺は軽自動車大好きっ子だが、けもの道に入った瞬間俺の愛車は悲鳴を上げて立ち往生するに違いない。

 車の予算はいくら位用意してる?友人に尋ねる。

 「ん〜、大体50万元くらいかな」

ごじゅうまんげん!!!・・・と言ってもなかなかピンと来ないだろうが、現在のレートで日本円にすると約850万円だ。賃金が東京平均の半分くらいしかない俺の故郷で、そんな金をぽんと出せる人間はほんの一握りしかいない。しかも大都会上海の中流階級ですら平均年収が200万円そこそこの中国でこのご予算。

「そ、それは相当な冒険やね」

「そんなことはないよ。確かに50万元は高いけど、みんな安くても20万元くらいの車にの乗ってるよ」

 確かに外を見渡せば、RAV4やステップワゴンクラスの大型車が休日の街中に行列を作っている。20万元と言えば日本円で340万円だ。中流家庭でも、年収の2年分くらいの車を乗り回している。それが現代中国の姿なのだ。高度経済成長を終えて転換期にあるとはいえ、ふたりっ子解禁も相まって中国は活気がみなぎっている。未来に希望があるから、これから更に良い未来があると思っているからこそ、みんな無理をしてでも未来に投資するのだ。希望とは富であり、家族のことだ。

 「それでセルジオ、お前の愛車はいくらで買ったんだ?」

 「6万元だよ」

 「えッッッッッ!?」

彼が驚くのも無理はない。倍の値段を出しても、中国では中古車すら手に入らないのだから。

***

 デパートのレストランで夕食を摂ったあと、友人は俺を最寄り駅まで送るべく中心街へと車を走らせる。しかし、中国のレストラン代も高くなった…友人に奥さんに子供にセルジオと4人分だったとはいえ、300元もかかった。約5,000円、日本と大差無いじゃないか。

 「ところで、日本車はどうだい?燃費も良いし、何より故障しないよ。」車中で友人に尋ねる。

 「日本車は考えていない。確かに性能も良いし燃費は最高だけど、ドイツ車やフランス車に比べるとどうしても頑丈さに劣るんだ。中国は事故も多いから、丈夫な方が良いんだよ。

 なるほど、日本の恵まれた交通事情が裏目に出ているのか。確かに中国では、時速40キロなんてあくびの出るスピードで走ろうものなら、農面道路ですら散々煽られそうだ。

 「今話題のEV車は?最近話題のBYDとかはどうよ?」

 「うーん…まだインフラが整ってないし、様子見ってとこかな。充電スタンドも多くないし、当面はガソリン車で行けるんじゃないかな」

 中国の面白いところは、日本では未来の技術と思われている領域を、リスクを顧みずさっさと実用化してしまう点だ。日本で今話題のリニアモーターカーは2004年の段階でとっくに実用化されたし、PM2.5の問題を逆手に取って…かどうかは知らないが、今中国は国を上げて電気自動車を推進し、本気でガソリン車の販売廃止を考えている、と言うか彼らなら本気でやるだろう。何せ2010年に上海万博の会場を行き来していた電動バスが、1年も経たないうちに実戦投入されているのだ。リスクヘッジなんて二の次、とにかく新しいことはなんでもやる。オールドシャンハイをトロリーバスがのんびり走る光景は、今後10年間のうちに見られなくなるかもしれない。今のうちに写真を撮っておこう。

 「それで、車は決めたのか?」

 「実はいくつか見積もりは取ってるんだ。もう決めたよ、来週、ベンツを買いに行こうと思ってる」

 中古車情報誌とにらめっこして、中古車センターをハシゴしていた若い頃の自分が、なんだかものすごく惨めな存在に見えてくる。彼は30歳にもなっていないというのに、何をやってるんだ、20代の俺!走行距離2万キロの中古車を20万円で手に入れて喜んでる場合じゃないんだぞ!

 俺の故郷福岡では 違 う 意 味 で 有名なベンツだが、中国では日本でお馴染み黒塗りベンツだけではなく、カジュアルな雰囲気のファミリー向け車種を数多く取り揃えている。中国では、ベンツも日本で言うところのアウディやBMWと同じ位置づけなのだ。

 次に彼の家へ遊びに行くときは、ベンツでお出迎えしてもらえる訳か。日本人が中国でベンツでお出迎えしてもらえる、と言えば聞こえは良いんだが…。

 上海へ戻り、「サンタナ」に乗って安ホテルへと戻る。「メキシコの熱い風」と書いてサンタナと読む、らしい。上海のタクシーは今でも大部分がこの「サンタナ」だ。中国では知らない人がいない、80年代の中国を席巻したフォルクスワーゲン製の名車だが、日本で言うと80年代のカローラのようなものだ。名車とはいえもう引退の時期に差し掛かっている。

 友人たちがポルシェやアウディで家族や恋人と大陸を疾走しているときに、ひとりサンタナで安ホテルへと戻る…。ホテルでは無駄にでかいダブルベッドが俺を待っている。枕やタオルは2組置いてあるが、必然的に一組余る。どうにも腑に落ちない。納得行かないこの世の中。

 哀愁の日本人は、なお大陸の旅を続けるのである…。

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